三年前は平和に

 三年前の2000年、20世紀最後の年。
 ニコリから「20世紀クロスワード」が出版された。ご存じの方も多いかとは思うが、20世紀の事物を編年体で集めた年表形式クロスワードである。
 「年表形式」というのがこの本のウリの一つで、普通の書籍と異なりジャバラ状に折り畳まれた経本のごとき形態になっている。このジャバラ形態にするというアイディアが、編集会議で誰の口から飛び出すこととなったのかは知らないが、理念と形態とがマッチしている、という点ではなかなかよいアイディアだったのではなかろうか、と思う。
 そしてこの本は「長さ5m強の史上最長のクロスワード」ということになったのだが、クロスワードのウリが「長さ」というのはどうかと思う。と好き勝手いっているけれども、実はこの本のクロス制作にはわたしも携わっていたのでヒトゴトのようにいうことはできないのだ。
 さてこの本の依頼が来た時、懸念が一つあった。
 これまでに、この本のような「知識系テーマに基づいたクロスワード」というものを作ったことがあまりなかったのである、果たして本当に作れるのか、という不安がぬぐえなかった。
 いや、実は今でも、このタイプの「知識系テーマに基づいたクロスワード」というのは若干苦手である。なにしろ、厳然たる事実に則って盤面もヒントも作られなくてはならないのだ。そこに間違いは許されない。内心そうだと思い込んでいた知識が実は不正確なもので、事実に即す作品にするには盤面に入れた単語から変更しなくてはならない、ということはしょっちゅう起こるのである。制作に際して事実確認の調査の手間が多大にかかるのだ。
 それに、こちらの方が労が多いのだが、「作品全体に占めるテーマの量を増やす」という手間がある。ここが少ないとテーマに即していない、ということになるから多い方が望ましい。
 経験的な基準なのだけれども、テーマに即したヒントの数が10個以上、あるいは3割以上になると、「テーマに基づいたクロス」という印象が強くなってくる。実際、「20世紀クロスワード」の時には3割ほどのヒントに年代ネタを使うのが一つの自己基準であった。
 だが、このテーマ性の濃縮作業は「20世紀」の2年後、「日本全国クロスワード」の時にピークを迎えた。
 「日本全国」は各都道府県にちなんだクロス、というものであったから、作品に用いられる単語はその都道府県に即したテーマ性を有していることが求められる。そして、大方の単語は、その都道府県で暮らす人々の日常生活になんらかの形で結びつけられるから、テーマとの関連性は比較的持たせやすい。
 さらに、Googleのような検索エンジンの発達により、ある事物とその県との関連性を調べることがたやすくなったのも大きなアドバンテージであった。例えば福井県に「キヤンドル」が入ったなら、「福井 キャンドル」で検索をかければいいのだ。これでテーマへのコジツケ用事実が発掘される。
 その結果、各都道府県へのコジツケ大会が日夜繰り広げられることとなり、「日本全国」の時には「テーマに即したヒントは6割以上があたりまえ」というインフレ状態が出来することとなったのだった。
 これはこれで作品を高めることになったとは思うのだけれども、でも少ないテーマの量では納得できなくなったのも確かで、結局自分の首をしめることにもなったんじゃないかなあ、という気が少しする。

 三年前までの自己基準は低かった。
 三年前は低い基準のテーマクロスで満足していられた。
 あの平和な基準では、今は満足できない。それはそれでよいことだ、と思うのだけれども。
 でも、やっぱりプレッシャーは大きいんだよね、「コジツケなくちゃコジツケなくちゃテーマを増やさなきゃ」というプレッシャーは。 (2003/11/29)
第6回雑文祭


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